「ハノイで最もエキサイティングな体験は?」と問われれば、多くの旅人がその名を挙げるだろう。「トレインストリート」。だが、その人気と裏腹に、ネット上には「閉鎖」「立ち入り禁止」といった不穏なキーワードが並ぶ。
安全か、危険か。規制か、自由か。
ベトナムの首都で最もホットなスポットの「今」に、我々は迫った。

表の顔(タテマエ)と、裏の顔(ホンネ)
まず、公式情報をおさらいしよう。ここは、あまりの危険度と観光客の殺到ぶりに、当局が安全確保のため「観光客の自由な立ち入りを規制している」エリアである。これは事実だ。
しかし、我々がハノイ旧市街で目にしたのは、その「建前」を軽やかに飛び越えていく、「本音」の日常だった。
華麗なるストリート・ゲーム

驚くべきことに、我々が訪れるわずか2日前、カフェのテーブルが列車に接触する事故が起きたばかりだという。当然、ストリートはピリピリムード。当局の担当者が定期的に巡回し、線路脇に障害物が出ていれば即座に指導が入る。
…はずなのだが。
目の前の光景に、我々は目を疑った。ストリート沿いのカフェは、そんな緊張感をよそに、線路ギリギリまでテーブルと椅子を広げ、満面の笑みで観光客を迎え入れている。その商魂、恐るべし。
誘われるまま、我々も線路脇の特等席でハノイビールを注文した。
「これぞハノイだ」と異国情緒に浸っていた、その時だった。
「Up! Up! Inside!」
突然、店のスタッフが表情を一変させ、電光石火の速さでテーブルと椅子を撤収し始めた。何事かと戸惑う我々を、半ば強引に店内へと誘導する。
その直後、ストリートの向こうから現れたのは、制服を着た当局の巡回チームだった。
どうやらこのストリート一帯には、当局の動きを監視する独自の高速情報網が張り巡らされているらしい。「巡回が来たぞ」の報は、店から店へと瞬時に伝達されるのだ。
そして、当局チームが「異常なし」と判断して通り過ぎた、わずか数十秒後。
カタン、コトン。
何事もなかったかのように、椅子とテーブルは再び線路脇にセッティングされる。この一連の流れは、もはや様式美。規制と共存し、スリルさえも日常のスパイスにしてしまう。これこそが、ハノイのリアルだ。
ご褒美は、人生初の”ゼロ距離”体験
この緊迫の「ストリート・ゲーム」を体験した者だけが、最大のご褒美にありつける。
やがて聞こえてくる警笛の音。地響きとともに現れた列車は、信じられないことに、我々の目の前、わずか数十センチを轟音とともに通過していく。
速度はスローだが、目前を巨大な鉄の塊がギリギリで通り過ぎる大迫力。身体の芯まで響く振動。
これはテーマパークのアトラクションではない。生活と危険が文字通り隣り合わせの、強烈な非日常体験だ。
この場所の本当の魅力は、単なる「インスタ映え」ではない。
「非日常的なスリル」と、「カオスだが、したたかな日常」。その二つがゼロ距離で交差する瞬間を目撃することにある。
トレインストリート完全攻略ガイド
このカオスで魅力的な場所を120%楽しむために、知っておくべき「トリセツ」を伝授しよう。
HISTORY:線路が刻む、ハノイの歴史
まず知っておきたいのは、ここが単なる観光名所ではないということ。この線路は、フランス植民地時代の19世紀末、ハノイとベトナム各地を結ぶために敷設された、本物の鉄道網だ 。
ベトナム戦争の混沌の中、爆弾が降り注いでも走り続け、人々の不屈の抵抗の象徴ともなった 。戦時中も人々はこの線路脇で生活を続け 、その結果、現在の「住居と線路がゼロ距離で共存する」稀有な景観が生まれたのである。

STATUS:「閉鎖」の噂と、2025年のリアル
「トレインストリートは閉鎖された」という情報は、正確には「半分YES、半分NO」だ。
当局は安全確保のため、観光客が鉄道の安全区域内で撮影したり、立ち入ったりすることを公式に禁止している (2025年11月現在、後述の北側セクションが規制対象)
しかし、「線路沿いのカフェを利用すること」は依然として可能だ 。バリケードや警官が立っていることもあるが、カフェのオーナーやスタッフが入口まで迎えに来て、客を店内に「エスコート」する形で、エリアに入ることができる。入場料は不要 。もし入場料を要求されたら、それは詐欺の可能性を疑った方がいい。
【注意事項】
旅行者が「カフェのオーナーに案内されて規制エリアに入る」行為 は、ベトナム当局が公式に禁止し、取り締まっている「違法行為」に加担するものであるという法的リスクが存在します。訪問の最中に警察の抜き打ち検査に遭遇し、当局によってその場から「強制的に退去させられる」リスクを常に負うことになります。
ACCESS & AREA:狙うは「北」か「南」か?
トレインストリートはハノイ駅の北側と南側で二つの顔を持つ。
- 北側(ホアンキエム区セクション:フンフン通り Phùng Hưng): 最も活気があり、カラフルなカフェが密集する超人気エリア 。賑やかさ、スリル、写真映え、すべてを求めるなら北側がおすすめだ。なお、上述の当局による規制・閉鎖が行われているのはこちらのセクションが対象となる。
- 南側(レズアン通りセクション:レズアン通り Ngõ 224 Lê Duẩn / チャンフー通り Ngõ 5 Trần Phú): 北側に比べると人が少なく、よりローカルで「素朴」な雰囲気が漂う 。我々が「イタチごっこ」を目撃したのもココ。ゆっくりと電車の通過を待ちたい、リアリティを重視する派はこちらだ。こちらはベトナム当局の公式な制限エリアとはなっておらず、自由に出入りが可能なため、法的リスクを懸念する場合はこちらを訪れるほうが良いだろう。
【アクセス方法】
- 徒歩: ハノイ旧市街から約15分 。
- Grab(タクシー): 最も簡単で確実。「Hanoi Train Street」や「224 Lê Duẩn」といった具体的な住所をセットすれば、運転手も理解してくれる 。
- バス: 節約派なら。例えば36番バスは、フンフン通り16番地の向かいに停車する 。
- バイク: 柔軟に動けるが、ハノイの混沌とした交通に慣れていないと難易度は高い 。
SCHEDULE:ハイライトの瞬間を逃すな(列車時刻表)
最大のハイライトである列車通過。ただし、相手はベトナム鉄道、時間は頻繁に変更される。あくまで目安と考え、予定時刻の30分前にはカフェで待機するのが賢明だ 。
現地に行けば、カフェの店先に当日の時刻表が掲示されているのでそれが最新かつリアルな時刻だろう。こちらが2025/10/12に現地で撮影した時刻表だ。

以下はネットで見つけた時刻表情報だが、上記の写真とかなり異なっていることがよくわかる。
ざっくりと午前に2、3本、夕方ごろに2本、夜に4、5本といった感覚で捉えておき、現地でコーヒーやビールを飲みながら雰囲気を味わいつつ列車を待とう。
| エリア | 曜日 | 時間(目安) |
| 北側:ホアンキエム区セクション
フンフン (Phùng Hưng) |
月曜~金曜 | 08:30, 09:30, 11:50, 15:15, 19:50, 21:15, 21:30, 22:00 |
| 土曜~日曜 | 06:00, 07:15, 09:30, 11:50, 15:30, 17:30, 19:30, 19:50, 21:15, 21:30, 22:00 | |
| 南側:レズアン通りセクション
レズアン (Lê Duẩn) |
月曜~日曜 | 06:10, 11:40, 15:30, 18:00, 19:10, 19:50, 21:00 |
狙い目: 写真映えなら昼間の光線も良いが、カフェのランタンが灯り、線路が幻想的に照らされる夜(19時以降)は、格別の雰囲気を味わえる。
SAFETY:安全のための絶対厳守ルール
忘れてはならない。ここはテーマパークではなく、本物の線路だ。
- 列車の警笛が聞こえたり、スタッフから指示があったりしたら、列車か巡回、いずれかの接近を告げる絶対の合図だ。スマホを構え続けるのは厳禁。速やかに指示に従おう。
- 列車が近づいている時に線路上に立ったり 、三脚やカメラを線路上に置いたりする行為は、極めて危険であり禁止されている 。
- 許可なくドローンを使用することも禁止だ 。
- 子供連れの場合は、危険なエリアに入らないよう、絶対に目を離さないこと 。
カオスを楽しむ心構えを
ここは、安全が100%保証された場所ではない。そのスリルと現地の秩序(あるいは無秩序)を丸ごと楽しむ覚悟が、最高の思い出に繋がる。
日本では決して味わえない、この生々しい熱気と興奮。
ハノイを訪れたなら、あなたも歴史の目撃者になってみてはどうだろう。