通りを歩いていると、赤い旗がそこかしこで風に揺れている。
家の玄関、カフェの入口、市場のアーチ、団地のベランダ。とにかく、毎日のように目に入ってくる。
旅行者なら、一度は「なんでこんなに国旗が多いんだろう」と感じるはずだ。その理由を知ると、ただの赤い色だった景色が、少しだけ違って見えてくる。
ここでは、ベトナムの国旗──正式名称「金星紅旗(きんせいこうき/Cờ đỏ sao vàng)」──が街の中でどんな意味を持ち、どう使われているのかを、暮らしの視点で読み解いていく。
ベトナム国旗「金星紅旗」のデザインと意味

ベトナムの国旗は、赤地に金の五角星というシンプルなデザインだ。縦横比は2:3。ベトナム語では「Cờ đỏ sao vàng(コードーサオヴァン)」、日本語では「金星紅旗」と呼ばれている。
赤は独立のために命を落とした人々の血を象徴し、同時に社会主義国家としての理念を映す色でもある。金色の五角星は「革命」を意味し、五つの先端(五芒)はそれぞれ労働者・農民・知識人・青年・兵士の大団結を象徴している。
日本の国旗が「日の丸」と呼ばれるように、ベトナムの国旗にも固有の名前がある。「金星紅旗」という名前を知っているだけで、ベトナム人との会話のきっかけになることもある。
ベトナム国旗の歴史──独立宣言から統一へ
このデザインは、1940年の南部蜂起(ナムキー蜂起)の際に革命家グエン・フー・ティエン(Nguyễn Hữu Tiến)によって考案されたとされている。当時はまだ「革命の旗」だった。
1945年9月2日、ハノイのバーディン広場でホー・チ・ミンが独立宣言を読み上げた日に、この旗はベトナム民主共和国(北ベトナム)の正式な国旗となった。1955年に星の形状が現在のスリムな五角形に修正され、1976年の南北統一後もそのまま引き継がれて今に至る。
街で赤い旗を見かけたときに「この旗にも形を決めた誰かがいたんだ」と思うと、風景の奥行きが少しだけ深まる。
なぜベトナムは国旗が多いのか

通りに面した家には小さなポールが備え付けられていることが多く、「旗を出す場所」が生活の中に最初から組み込まれている。
大きな祝日の前には、地方自治体から各家庭に国旗掲揚の通知が届くこともある。「出すのが当たり前」の空気は、こうした仕組みにも支えられている。実際、ベトナムでは祝日に国旗を掲揚することが法律で定められており、飾らないと罰金が科されるケースもある。日本で祝日に国旗を出す家がほぼ見られなくなったことを思うと、その温度差は面白い。
祝日が近づくと、バイクに国旗を積んで売る人や、道端に小さな屋台を出している人を見かけるようになる。人々はそこで新しい旗を買い、色あせた古い旗と取り替えて掲げる。1枚1万〜3万VND(約60円〜180円)程度。日本ではなかなか見ない光景だ。
街が赤く染まる祝日と、静かな翌朝

独立記念日(9月2日)や南部解放記念日(4月30日)、テト(旧正月)の前後は、街じゅうの赤が一段と濃くなる。
官公庁だけでなく家庭や商店も同じタイミングで旗を掲げるため、通り一帯が祝祭の空気に包まれる。マンションのバルコニーにも赤い旗が並び、建物全体が赤く彩られているような景色になる。
そして翌朝。にぎやかな空気が落ち着いた街を歩くと、まだたくさんの国旗が掲げられている。カフェが店を開け、バイクの流れが戻り、街はいつものリズムに戻っていく。その中で国旗だけが、昨日まで特別な日だったことを静かに伝えている。住んでいると、この「祝日の余韻」の空気が一番好きだったりする。
サッカーの夜、国旗は歓喜のサインになる

祝日以外にも、街中に国旗があふれるタイミングがある。ベトナム代表がサッカーの重要な試合に勝った夜だ。
人々は赤い国旗を手にバイクで街中を走り回り、クラクションと歓声が響き渡る。旗をバイクに括り付けたり、肩にかけたり、頬に小さな国旗シールを貼る人もいる。
初めてこの夜を体験したときは驚いた。窓の外から大歓声が聞こえて外を見たら、赤い旗の洪水だった。この瞬間、国旗は国家のシンボルというより「街全体に広がる喜びのサイン」になる。旅行中に偶然出会えたら、間違いなく旅のハイライトだ。
大きな国旗が掲げられる象徴的な場所

家の前の小さな旗とは別に、ベトナムにはとても大きな国旗が掲げられている場所がある。
ハノイのバーディン広場。ホーチミン廟の前で大きな国旗が風に揺れるこの場所は、1945年の独立宣言が行われた「国の顔」だ。毎朝、国旗掲揚の儀式が行われている。
もう一つは、ベトナム最北端ハザン省のルン・クー旗塔(Lũng Cú)。中国との国境を見渡す山頂に掲げられた巨大な国旗は、ベトナム人にとっても「一生に一度は行きたい場所」として知られている。

バーディン広場を含むハノイの観光計画はハノイ旅行攻略ガイドを参考に。
国旗と共産党旗──街で見かける「2つの赤い旗」

ベトナムの街を歩いていると、金星紅旗のそばにもう1枚、よく似た赤い旗が掲げられていることに気づく。中央に黄色いハンマーと鎌が描かれた旗──これはベトナム共産党の党旗(Cờ Đảng)だ。
国旗と党旗はセットで並べて掲げられることが多く、特に官公庁や学校の前ではほぼ必ず2本がペアになっている。旅行者が「似てるけど何が違うの?」と感じるのは自然なことで、覚え方はシンプル。星だけなら国旗、ハンマーと鎌があれば党旗。
ベトナムは共産党が唯一の合法政党であり、国旗と党旗が並ぶ風景は、この国の政治構造そのものを映していることになる。
南ベトナムの旗と、もう一つの「黄色い国旗」
南ベトナム共和国時代の黄色い旗(黄色地に赤い三本線)について触れられることがあるが、現在のベトナムでは公式には使用されていない。
この旗は「黄色旗」とも呼ばれ、もともと黄色はベトナムの王朝が代々使ってきた皇帝の色だった。阮朝、フランス保護領時代を経て南ベトナム共和国の国旗として使われたが、1976年の南北統一で北ベトナムの金星紅旗に一本化された。
政治的にセンシティブな話題なので深追いする必要はないが、「今の街に掲げられているのは赤い国旗だけ」という事実は知っておくとよい。ベトナム国内で黄色旗を掲げることは法律で禁止されている。統一後の象徴として金星紅旗が強く浸透したことで、”街の赤”という風景が生まれている。
ベトナム国旗に似てる国旗はどれ?
ベトナムの国旗はシンプルなデザインゆえに、「あの国の旗と似てない?」と感じることがある。よく比較される国旗を整理しておく。
中国(五星紅旗) ── 赤地に星という共通点が多く、最も混同されやすい。ただし中国は星が5つ(大1+小4)で左上に寄せて配置されている。ベトナムは大きな星が1つ、ど真ん中。並べて見ると一目瞭然だ。
モロッコ ── 暗い紅色の地に星が1つという構図がそっくりだが、モロッコの星は緑色の六芒星で、デザインの由来もイスラム教に根ざしている。
ソマリア ── 水色の地に白い星。色は全く違うが、「一色の地に星1つ」というレイアウトがベトナムと同じで、構図としては最も近い。
トルコ ── 赤地に白い三日月と星。赤+星という要素は共通するが、三日月があるので見間違えることはまずない。
サッカーの国際試合中に画面の端に映る国旗で「あれベトナム?」と思ったら、星の数と位置をチェック。中央に金の星が1つなら、ベトナムだ。
国旗に対する小さなマナー
ベトナムの人々にとって、国旗は歴史や誇りと結びついた大切な象徴だ。旅行者が細かいルールを覚える必要はないが、地面に置いたり踏んだりすること、冗談半分で扱うことは避けたほうが安心。
お土産屋で国旗モチーフのTシャツや小物を見かけることもあるが、それを着て街を歩くこと自体は問題ない。ベトナム人自身もサッカーの応援で国旗Tシャツを着るし、観光客が身につけていると好意的に受け取られることが多い。
国旗が特別な意味を持っていることを少し理解するだけで、街であれほど多くの旗が掲げられている理由も自然に感じ取れるようになる。
よくある質問(FAQ)
ベトナムの国旗の色と星の意味は?
赤は独立闘争で流された血と社会主義の象徴。金色の星は革命を意味し、五つの先端は労働者・農民・知識人・青年・兵士の団結を表しています。正式名称は「金星紅旗(Cờ đỏ sao vàng)」で、1945年から使われているデザインです。
ベトナムの国旗に似てる国はどこ?
中国(赤地に星)、モロッコ(赤地に星1つ)、ソマリア(一色地に星1つ)がよく比較されます。ベトナム国旗は「赤地の中央に金の星が1つ」。星の数・位置・色で見分けられます。
ベトナムの国旗はなぜこんなに多いの?
祝日には国旗掲揚が法律で義務付けられており、家の前にポールが備え付けられている住宅も多いです。自治体からの通知もあり、「出すのが当たり前」という文化が根づいています。
ベトナムで国旗をたくさん見かけるのはいつ?
独立記念日(9月2日)、南部解放記念日(4月30日)、テト(旧正月)の前後が最も多い。また、サッカーのベトナム代表が勝った夜も街中に国旗があふれます。
国旗のそばにあるハンマーと鎌の旗は何?
ベトナム共産党の党旗(Cờ Đảng)です。国旗とセットで掲揚されることが多く、特に官公庁や学校の前でよく見かけます。
旅行者が国旗に対して気をつけることは?
地面に置いたり踏んだりしない、冗談のネタにしないこと。それだけ意識すれば十分です。国旗モチーフのTシャツを着て街を歩くのは問題ありません。
南ベトナムの黄色い旗は今もある?
1976年の南北統一後、黄色旗(黄色地に赤い三本線)は公式に使用されなくなり、ベトナム国内での掲揚は法律で禁止されています。現在の街で見かけるのは金星紅旗のみです。
おわりに
最初は、街の赤い旗はただの風景の一部に見えるかもしれない。
でもその歴史や意味を少し知ると、赤い旗の一枚一枚がベトナムという国の物語の一部として目に入るようになる。家の前で揺れる旗、祝日のバルコニー、サッカーの夜にバイクから振られる旗。どれもこの国の暮らしと歴史を映す小さなピースだ。
金星紅旗という名前を覚えて帰れたら、次にベトナムの街を歩くとき、あの赤はきっと少しだけ違う色に見える。