通りを歩いていると、赤い旗がどこかしこで風に揺れている。
家の玄関、カフェの入口、市場のアーチ、団地のベランダ。とにかく、毎日のように目に入ってくる。
旅行者なら、一度は「なんでこんなに国旗が多いんだろう」と感じるはずだ。その理由を知ると、ただの赤い色だった景色が、少しだけ違って見えてくる。
ここでは、ベトナムの国旗が街の中でどんな意味を持ち、どう使われているのかを、暮らしの視点で読み解いていく。
国旗のデザインが語るもの

ベトナムの国旗は、赤地に金の五角星というシンプルなデザインだ。
赤は独立のために命を落とした人々を象徴し、同時に“誇り”や“強さ”の色として受け取られている。
金色の五角星は、農民・労働者・兵士・青年・知識人という五つの階層の団結を表している。
旅行者にはあまり馴染みのない話かもしれないが、街で旗を見るときにちょっと思い出すと、見え方が変わる。
このデザインは独立運動に関わった人物の一人、グエン・フー・ティエンによって考案されたと言われている。
細かな歴史を知らなくても、街で赤い旗を見かけたときに「これにも形を決めた誰かがいたんだ」と思うと、風景の奥行きが少しだけ深まる。
なぜベトナムは国旗が多いのか
ベトナムでは、国家の記念日や重要な行事のとき、家庭でも店でも旗を掲げる習慣が続いている。
通りに面した家には小さなポールが備え付けられていることが多く、「旗を出す場所」が生活の中に最初から組み込まれている。
そのため、特別な日になると、ひとつの通り全体が一斉に赤く染まる。
旅行者の目には「多すぎる」とさえ映るほどだが、現地ではごく自然な光景だ。
街が赤く染まる祝日の風景

独立記念日(9月2日)や建国記念日、テト(旧正月)の前後は、街じゅうの赤が一段と濃くなる。
官公庁だけでなく、家庭や商店も同じタイミングで旗を掲げるため、通り一帯が祝祭の空気に包まれる。
もし旅行でこの時期に訪れると、写真では伝わらない迫力を体験できる。
赤色が“政治の象徴”としてではなく、“祝いの色”として街に広がる瞬間だ。
生活の中にある国旗

ベトナムの国旗は祝日だけに存在するわけではない。
市場の入り口、団地の通路、学校の前など、日常的に掲げられている場所も多い。
特別に意識されるものというより、“いつもの景色”として街に溶け込んでいる。
この距離感は、日本とは大きく異なる部分だ。
旅行者が国旗をよく見る場所
街を歩くと、国旗がよく掲げられている場所に気付く。
空港のターミナルやホテルの玄関、ローカル市場、病院、学校。
掲げられている理由はさまざまだが、共通しているのは「街の節目を知らせる合図でもある」ということだ。
意識せずに通り過ぎても問題はないが、意味を少し知っておくと、旅の風景が立体的に見えてくる。
南北の歴史と、今の風景
南ベトナム共和国時代の黄色い旗(三本線の旗)について触れられることがあるが、現在のベトナムでは公式には使用されていない。
政治的にセンシティブな話題なので深追いする必要はないが、「今の街に掲げられているのは赤い国旗だけ」という事実は知っておくとよい。
統一後の象徴として国旗が強く浸透したことで、“街の赤”という風景が生まれている。
国旗を知ると旅が少し深くなる
ただ街を歩いているだけでは気に留めない旗でも、その背景を知ると“街の物語”として目に入るようになる。
赤い風景の向こうにある歴史や誇りを少しだけ想像しながら歩くと、旅の質が変わってくる。
国旗は政治の記号ではあるが、同時に、ベトナムの人々の生活と祝祭を映す鏡のような存在でもある。