ベトナムに初めて降り立った日本人が最初に体験する「文化ショック」は、たぶん気温ではなくバイクです。
信号待ちの交差点で、数百台のエンジン音とクラクションがうねりながらこちらに迫ってくるあの瞬間——あれはもう、交通というより一種の自然現象。
「これ法律あるのか…?」
実はちゃんとあるんです。しかも意外と細かい。
今回は、ベトナムの交通法と、現地で日々繰り広げられる“現実”とのギャップを一緒にのぞいてみましょう。
1. バイク三人乗りは「家族愛」か「違法行為」か

法律では「運転者+1人」が原則。ただし病人・子ども(12歳未満)・おばあちゃんを乗せる場合はOK。
つまり「家族の絆」には少しだけ寛容です。
ただし大人3人乗りはれっきとした違反。罰金は約40万〜60万ドン(およそ2500〜3500円)。
とはいえ現実の街を見渡せば、3人どころか家族4人+犬1匹も珍しくありません。
バイクの上で家族会議が始まっても、誰も驚かない。警察も「まあ、子どもいるしね」とスルーです。

2. クラクションは「呼吸」みたいなもの
夜間のクラクションは禁止。22時〜翌5時はサイレントタイムのはず。
でも現実のハノイでは、22時を過ぎても街じゅうがプップ鳴りっぱなし。
「鳴らすな」というより「鳴らさないと存在を忘れられる」という感覚。
日本人には「うるさい!」に聞こえるけど、ベトナム人には「お先にどうぞ」「ありがとう」「生きてる!」くらいのニュアンスです。
ちなみに“呼吸しすぎた”場合の罰金は20万〜40万ドン(約1200〜2400円)。安い呼吸料。
3. 荷物の積載はもはや“物理学への挑戦”

法律では「車体から50センチ以内」。
でも現実は、「もはや家具屋さんごと動いてる」レベル。
冷蔵庫、ベッド、ブタ、ガスボンベ…何でも運べる。
もはや法律どうこうの前に、走る曲芸。
一応、超過積載は40万〜60万ドン(約2500〜3500円)の罰金。
けれど、取り締まるより写真を撮る人のほうが多い。
4. 歩道は「歩くための道」ではなく「駐めるための道」
違法です。正式には80万〜100万ドン(約4700〜5900円)の罰金。
が、ハノイでは歩道の三分の二以上がバイクで埋まっています。
店の前では「こっちこっち!」と警備員が誘導してくれる親切仕様。
つまり「違法なようで合法に見える違法」。
観光客は歩くスペースを探すだけで一苦労……というより、轢かれないように車道を歩くしかない。
5. 赤信号?それは「目安」です
赤信号は止まるためにある。でも現実は「みんな渡ってるから、行ける気がする」。
夜間になると、交差点は“信頼ゲーム”。
誰も本気で怒らないのが不思議です。
ちなみに、信号無視の罰金は200万〜400万ドン(約1万2000〜2万4000円)。
それでも止まらないのは、罰金より“流れ”が強いから。
現在、右折のフリーパスは原則禁止。それでも右折していくのが“現地の流儀”。
6. ヘルメットは「被るだけ」ではダメ

ただし「国家規格のヘルメットを、顎紐を締めて着用」が正式ルール。
でも、実際の街ではそもそも被っていなかったり、顎紐を締めていなかったり、麦わら帽子のような形をかぶっていたりと自由度が高い。
罰金は40万〜60万ドン(約2500〜3500円)なのに、締め忘れはとても多い。
おしゃれと安全の狭間で揺れるベトナムファッションです。
総括:秩序のようで無秩序、でも回っている
ベトナムの交通はカオスに見えて、実は「人と人の暗黙のルール」で成立しています。
目が合えば止まり、手を上げれば通してくれる。
誰も完璧じゃないけど、全員が共存している。
つまり、これは法治国家の“裏の秩序”とも言える。
罰金があっても誰も荒れていないのは、「法律より空気が優先される社会」だから。
赤信号を渡る人々の中に、社会の柔軟さが見える——そんな国です。