ベトナムの苗字ガイド|ランキング・由来・名前との関係を解説

文化・歴史

ベトナムの苗字は、種類が極端に少なく、上位14姓だけで人口の約8割を占めます。

そして何より驚くのは、ベトナム人の約4割が「グエン(Nguyễn/阮)」という同じ苗字を持っているということ。日本でいう「佐藤・鈴木・高橋」を全部足しても人口の4%にしかならないことを考えると、その偏りの異常さが伝わると思います。

この記事では、ベトナムの苗字ランキングと一覧、グエン姓がこれほど多い歴史的背景、苗字と名前の順番や構成、結婚後に苗字が変わらない理由、そして在住者だからこそ見えるリアルな「呼ばれ方の文化」まで、まとめて解説します。

ちなみにVietVoiceの執筆協力をしてくれているベトナム人スタッフも、もちろんグエンさん。彼女自身のエピソードも交えながら、他のサイトには載っていない「名前を呼ばれる側の感覚」までお伝えします。


目次

ベトナムの苗字ランキング|上位14姓で人口の8割を占める

まずはベトナムの苗字の全体像を押さえておきます。ベトナムの苗字は全部で約200〜250種類と言われていて、日本の姓(10万以上と言われる)と比べると桁が2つほど少ない少なさです。しかもその中で、上位14前後の苗字だけで人口の約8割を占めてしまいます。

ベトナムの苗字一覧(多い順)

順位 苗字 漢字 割合の目安
1 Nguyễn(グエン) 約40%
2 Trần(チャン) 約10〜12%
3 Lê(レ) 約8〜10%
4 Phạm(ファム) 約5〜7%
5 Hoàng/Huỳnh(ホアン/フイン) 約5〜6%
6 Vũ/Võ(ヴー/ヴォー) 約3〜4%
7 Đặng(ダン) 約2〜3%
8 Bùi(ブイ) 約2%
9 Đỗ(ド) 約1.5〜2%
10 Hồ(ホー) 約1%
11 Ngô(ゴー) 約1%
12 Dương(ズオン) 1%未満
13 Lý(リー) 1%未満

ここで面白いのが、同じ漢字でも北部と南部で読み方が違う苗字があること。代表例は「黄」で、北部では「Hoàng(ホアン)」、南部では「Huỳnh(フイン)」と読みます。「武」も北部は「Vũ(ヴー)」、南部は「Võ(ヴォー)」。別々の苗字に見えますが、同じルーツが方言で分かれたものです。ベトナム人の友人の苗字を聞いて、「あ、あなた南部の人だね」と当てられることもあります。

日本の苗字が地名や職業、地形(山田・田中・川上)から生まれたのに対し、ベトナムの苗字は多くが王朝名に由来します。歴代の王朝がそのまま姓になって、民衆がそれを名乗ったという歴史が、上位の顔ぶれを決めています。上位3つ(グエン、チャン、レ)はすべて王朝名です。


ベトナムの苗字はなぜグエンが4割もいるのか|歴史が積み上げた偏り

ベトナムの苗字を語るうえで避けて通れないのが、「グエン問題」です。

ベトナムの人口約1億人のうち、約4,000万人がグエンさん。世界全体で見ても、グエンは世界で4番目に多い苗字に数えられます。1位のリー(中国系)、2位のチャン(中国系)、3位のワン(中国系)に続く4位がグエンなので、人口の少ないベトナムの一国だけでこの順位に食い込んでいる時点で異常な偏り方です。

では、なぜこんなことになっているのか。理由は一つではなく、何世紀にもわたって複数の出来事が重なった結果です。

理由1:最後の王朝「グエン朝」の影響

ベトナムは938年から1945年までの1000年以上、王朝による統治が続きました。そして最後の王朝がグエン朝(阮朝、1802〜1945年)。グエンは王族の姓であり、王族の姓を名乗ることは「体制側」「安全」を意味しました。

ここが重要なのですが、グエン朝はベトナム最後の封建王朝でした。つまり、グエン朝の次に王朝交代が起きなかった。他の姓のように「次の王朝に合わせて変えなければ危ない」という状況にさらされることがなく、そのまま定着したのです。

理由2:王朝交代のたびに「苗字を変える人々」

王朝が倒れると、旧王朝の血縁者は粛清や報復の対象になりました。そこで多くの人が生き残るために苗字を変えました。有名な例が、1226年の陳朝(チャン朝)への交代時。リー朝(李朝)の一族や関係者は、新王朝から強制的にグエンへの改姓を命じられたと伝えられています。

ここが面白いのですが、**「新しい王朝の苗字に変えた」のではなく、「別の無難な苗字に変えさせられた」**というのが実態に近いようです。新王朝と同じ苗字を名乗らせることは権力の分散につながるのでむしろ避けられ、代わりに「当たり障りのない第3の苗字=グエン」に流し込むという処理が選ばれた。グエンは王朝以前からすでに一定数存在していた苗字だったため、「紛れ込める苗字」として機能したわけです。

理由3:王から「苗字を授けられる」制度

封建時代には、王が功績のあった家臣に王家の苗字を下賜する「国姓」の制度がありました。グエン朝の王から「グエン」の苗字を下賜された人々も多く、それが社会的地位の向上につながりました。グエン朝の初代皇帝ザロン帝には100人以上の側室がいたとも言われ、2代目ミンマン帝には142人の公式な子がいたという記録も残っています。血縁者だけでも相当な数が「グエン」を名乗ることになったのです。

理由4:フランス統治下の戸籍登録

決定的だったのが19〜20世紀のフランス統治時代です。フランスは植民地行政のためにベトナム人の戸籍を整備しようとしましたが、当時の農村部には「決まった苗字を持たない人」がたくさんいました。役人たちは登録を効率化するため、苗字のない人に片っ端から「グエン」を割り当てていったと言われています。理由はシンプルで、一番多く、一番無難で、誰も文句を言わない苗字だったから。「苗字の欄が空白→とりあえずグエンと書く」――この事務処理が、グエンさんの数をさらに爆発的に増やしました。

これら4つの出来事が何世紀にもわたって積み重なった結果が、今日の「10人に4人はグエン」という状況です。ベトナムの歴史全体の流れについては、ベトナムの歴史をわかりやすく解説 の記事で詳しく書いています。


ベトナムの苗字と名前の構成|姓・ミドルネーム・名の3つでできている

ここからは苗字の背景から離れて、ベトナム人の名前全体の構造を見ていきます。ベトナム人の名前は、基本的に次の3つのパートから構成されています(以降、「姓(Họ)」は日本語の「苗字」と同じ意味で使います)。

姓(Họ/ホ)=苗字 + ミドルネーム(Tên đệm/テンデム)+ 名(Tên chính/テンチン)

日本語に置き換えると「佐藤+◯◯+太郎」のように、真ん中にもう一つパーツが入るイメージです。順番は日本と同じで、苗字が先・名が後。中国や韓国と同じ東アジア型の並びなので、英語のように姓名をひっくり返して自己紹介する必要はありません。

例: Nguyễn Văn An(グエン・ヴァン・アン)

  • Nguyễn(グエン)=苗字
  • Văn(ヴァン)=ミドルネーム
  • An(アン)=名(呼び名)

ここで日本人が一番戸惑うポイントは、「この人を呼ぶときはどれを使うのか?」ということだと思います。答えは一番最後の「An(アン)」。ベトナムでは、一番最後の音節が「その人を呼ぶための名前」になります。

ミドルネーム(テンデム)ってなに?

テンデムは直訳すると「クッションの名前」という意味で、苗字と名の間に挟まるパーツです。役割は大きく3つあります。

ひとつは、名前の響きを整えること。ベトナム語は声調のある言語なので、名前全体の音のバランスが重視されます。ふたつめは、性別を示すこと。伝統的には男性は「Văn(ヴァン/文)」、女性は「Thị(ティ/氏)」というテンデムが使われてきました。たとえば「Nguyễn Văn Nam」なら男性、「Nguyễn Thị Hoa」なら女性、と名前を見ただけで性別が判断できる仕組みです。3つめは、意味を添えること。「Minh(明)」「Ngọc(玉)」「Gia(家)」のように、それ自体が意味を持つテンデムも多く使われます。

ただ最近は、「Văn」や「Thị」といった伝統的なテンデムを使わない親が増えています。理由は「古く感じる」から。日本で女の子の名前に「〜子」が減ってきた感覚とよく似ています。代わりに、テンデムと名をセットで一つの意味を作るパターンが主流になりつつあります。「Nguyễn Minh Anh」「Trần Ngọc Linh」のように、テンデムと名が同じくらいの重みを持つ名前です。

名前は2語?3語?4語?

一番多いのは3語構成ですが、必ずしも決まっているわけではありません。

  • 2語:苗字+名のみ(昔の名前に多い/例:Nguyễn Du)
  • 3語:苗字+テンデム+名(現代の主流)
  • 4語:苗字+テンデム2つ+名(例:Nguyễn Văn Minh An)
  • 5語〜6語:まれに見かけるが、家族の願いや風水の都合で長くするケース

4語以上の名前は、兄弟で同じ「通し字」を入れたり、両親の苗字を両方残したり(父:Nguyễn+母:Trần→Nguyễn Trần Minh Anh)する場合に見られます。ハノイの知人で6語の名前の人にも会ったことがあります。本人いわく「長すぎて書類がいつも欄からはみ出す」のが悩みだそうです。


ベトナムの苗字と名前の順番|姓が先・名が後だけど真ん中に挟まるものがある

「ベトナムの苗字と名前はどっちが先?」――これは日本人が必ず最初に引っかかる疑問です。

答えはシンプルで、苗字が先、名が後。日本と同じ順番です。

ただし、ここに「テンデムが真ん中に挟まる」という要素が加わることで、日本人の目には「どこまでが苗字で、どこからが名前なのか」がパッと見でわかりにくくなります。

「Nguyễn Văn An」を日本人はこう読み間違える

多くの日本人はこの名前を見ると、こう考えます。

  • 「Nguyễn」が苗字
  • 「Văn An」が名前(日本の「太郎」みたいに2文字セット)

でも、これは間違い。正しくは「Văn」はテンデム(ミドルネーム)で、「An」だけが名前の本体です。日本人の感覚だと「下の名前が2語あるのでは?」と見えてしまうのですが、ベトナム人の側からは「Văn」と「An」は完全に別の役割を持つパーツとして区別されています。

書類と実生活で順番は変わる?

基本的に変わりません。パスポート・航空券・履歴書・名刺――すべて「苗字→テンデム→名」の順で書きます。英語圏の書類で「Given Name / Family Name」を求められたときだけ、英語に合わせて並べ替えることがありますが、ベトナム語のままの順番が正式です。

ちなみに、Vietnam Airlinesなどの航空券で名前を間違えると、程度によっては修正できず買い直しになることがあります。特に日本人がやりがちなのが、「Văn An」をまとめて名(Given Name)として入力してしまうミス。正しくは、「Văn」をミドルネームまたは名の一部として、「An」を名として入力するのが無難です。航空会社や予約サイトによって扱いが違うので、予約時は必ずパスポートの表記と1文字ずつ照合してください。


ベトナムでは「下の名前」で呼び合う|グエンさんと呼んでも誰も振り向かない

ここまで読んで、こう思った人も多いはず。

「これだけグエンさんがいるなら、ベトナムでは人をどう呼び分けているの?」

答えは、下の名前(一番最後の音節)で呼ぶ。これがベトナムの基本ルールです。

例:Nguyễn Văn Anさんを呼ぶとき

  • ❌ 「グエンさん」(ベトナム人にはまず通じない)
  • ❌ 「ヴァン・アンさん」(テンデムまで含めて呼ぶのは不自然)
  • ⭕ 「アンさん」(これが正解)

日本的な感覚だと、初対面の相手を下の名前で呼び捨てにするのは失礼な気がしてしまいます。でもベトナムでは、**「苗字で呼ばれる=むしろ不自然で冷たい」**のです。そもそも10人集まれば4人がグエンなので、「グエンさん」と呼びかけたところで、誰を指しているのか誰にもわかりません。機能しないんです。

この「下の名前で呼ぶ」文化には、社会構造と言語的な合理性の両方があります。苗字の種類が少なすぎて苗字が識別子として機能しない以上、個人を区別できるのは「名(テンチン)」しかない。だから名で呼ぶ、という単純な話です。

例外:苗字で呼ばれる人たち

ただし例外もあります。苗字で呼ぶのは、歴史的に極めて高い敬意を表す特別な呼び方として残っています。

一番有名な例が、Hồ Chí Minh(ホー・チ・ミン、胡志明)。ベトナムでは彼を親しみと尊敬を込めて「Bác Hồ(バック・ホー/ホーおじさん)」と呼びます。苗字で呼ばれる稀有なケースです。他にも歴史上の人物や国家的英雄を苗字で呼ぶ例はありますが、生きている普通の人を苗字で呼ぶことは、現代のベトナムではほぼありません。

タオの話:「Nguyễn-san」と呼ばれて固まった話

VietVoiceの執筆協力をしているタオ(仮名)さんは、初めて日本に来たとき、病院の待合室でこんな経験をしたそうです。

看護師さんが「グエンさ〜ん、グエンさ〜ん」と何度も呼んでいる。でも彼女はまったく反応しませんでした。頭の中で、「それが自分のこと」と一瞬も思えなかったのだそうです。

3回目、4回目と呼ばれて、まわりを見渡しても誰も立ち上がらないのを見て、ようやく「もしかして私のこと?」と気づいた。そして受付に行って、ちょっと笑いながらこう言いました。

「私、グエンじゃないです。タオと呼んでください」

お医者さんは少し戸惑った様子で、でも結局最後まで「グエンさん」と呼んだそうです。ベトナム人の彼女にとって、「Nguyễn」と呼ばれることには何の手触りもなかった。でも「Thảo(タオ)」と呼ばれた瞬間、それは確かに自分のことだと感じられた――その感覚の違いが、彼女にとっては日本で受けた一番最初のカルチャーショックでした。

この話を聞いたとき、私は「ベトナム人にとって苗字は、日本人にとっての戸籍番号に近いのかもしれない」と思いました。書類上のラベルとしては存在するけれど、日常的な「自分」を表すものではない。人を呼ぶのは、あくまで名前のほうなんです。

だから、ベトナム人と仕事や交流をする日本人の方へ。相手を呼ぶときは、ぜひ下の名前で呼んであげてください。それだけで、相手の表情がふっと柔らかくなることがあります。「あ、この人はちゃんと私のことを呼んでくれた」という感覚が、確実に伝わります。

同じ名前の人が同じ部屋に3人いる問題

下の名前で呼ぶ文化には、副作用もあります。同じ名前の人がかぶるんです。

ハノイで働いていると、ひとつのチームに「Linh(リン)」さんが2人、「Anh(アイン)」さんが3人、なんてことが普通に起こります。そんなときベトナム人がどうするかというと、苗字には戻らず、ニックネームや属性で区別します。

  • 「Linh cao」(背の高いリン)
  • 「Linh bé」(ちっちゃいリン)
  • 「Anh Hà Nội」(ハノイのアイン)
  • 「Tuấn kỹ thuật」(技術部のトゥアン)、「Tuấn marketing」(マーケのトゥアン)

こういう呼び方が、愛称として本人についてまわります。苗字で呼ぶより、こっちのほうが「その人らしさ」が伝わる。合理性というより、情緒の話です。


ベトナムの女性の名前|花・月・植物にちなむ響きの世界

「ベトナム 名前 女性」で検索される方が多いので、ここで女性の名前について少し詳しく書きます。

ベトナムの女性の名前には、ある共通の美学があります。それは「自然のやわらかいものにちなんだ響き」であること。花、植物、月、香り、布――手で触れるとひんやりと柔らかい感触のあるものが、名前に選ばれます。

ベトナム人女性に多い名前と意味

名前 ベトナム語表記 漢字(由来) 意味
ホア Hoa
マイ Mai 梅の花
ラン Lan
フオン Hương 香り
タオ Thảo 草・優しさ
ホン Hồng バラ・紅
Nga 月の女神
トゥイエット Tuyết
ハン Hạnh 幸せ
リン Linh 鈴/霊 鈴の音・聡明
アイン Anh 花びら・優秀
ガン Ngân
ゴック Ngọc 宝石・玉

音の響きも、女性の名前は「開いた母音」で終わるものが多く、口にしたときに空気がふわっと抜けるような印象があります。Hoa(ホア)、Mai(マイ)、Nga(ガ)――どれも明るく軽い音です。

伝統的な「Thị(ティ)」は減っている

昔の女性の名前には、必ずと言っていいほど「Thị(ティ/氏)」というテンデムが入っていました。「Nguyễn Thị Hoa」「Trần Thị Mai」というパターンです。これは日本語の「◯◯子」に近い感覚で、「Thị Hoa」と書けば「花子さん」のような響きになります。

ただ、この「Thị」は最近の若い世代ではかなり減ってきました。理由は「古臭く感じる」から。代わりに、意味のある2文字をテンデムと名として組み合わせる傾向が強まっています。たとえば「Minh Anh(明英=賢く美しい)」「Ngọc Linh(玉鈴=玉のように清らかで聡明)」のように、テンデム+名で一つのメッセージになる構成です。

日本でも昭和の女性に「◯◯子」が多くて、平成以降減っていったのとまったく同じ流れですね。

男女共通の名前

ベトナムの名前には、男女どちらにも使える「中性的な名前」もいくつかあります。

  • An(アン/安):平穏
  • Minh(ミン/明):明るい・賢い
  • Bình(ビン/平):穏やか
  • Linh(リン):聡明(女性に多めだが男性もいる)
  • Anh(アイン):英(女性が多いが男性名にも使われる)

外国人には性別がパッとわからなくて戸惑うことがあります。そんなときはテンデムを見るのが一番のヒントです。「Văn」なら男性、「Thị」なら女性の可能性が高い。ただし現代ではこのルールも崩れつつあるので、最終的には本人に聞くのが一番確実です。


ベトナムの男性の名前|強さ・理想・光をまとう

男性の名前は、女性とは対照的に「力強さ・理想・光」を表す漢字が好まれます。

ベトナム人男性に多い名前と意味

名前 ベトナム語表記 漢字 意味
フン Hùng 雄々しい
ズン Dũng 勇敢
ロン Long
ミン Minh 賢い・明るい
バオ Bảo
トゥアン Tuân 優れた
クアン Quang
ナム Nam 男/南 男・南
タン Thắng 勝利
ハイ Hải
ソン Sơn

親が子に託す願いが、そのまま名前になる――このあたりは日本と共通です。ただ日本と違うのは、ほぼすべての名前に漢字由来の明確な意味があること。「響きだけで選ぶ」という発想はあまりなく、「この子が勇敢に育ってほしいからDũng」「聡明であってほしいからMinh」というふうに、親の願いを具体的な漢字に乗せて名付けます。


ベトナムの苗字は結婚しても変わらない|夫婦別姓が当たり前の国

「ベトナム 苗字 結婚」で検索する方が一定数います。日本では選択的夫婦別姓が議論されていますが、ベトナムでは夫婦別姓がずっと前から完全に当たり前です。

  • 妻は結婚しても苗字を変えない
  • 夫ももちろん苗字を変えない
  • 書類上、夫婦の苗字は異なるまま

たとえば、夫が「Trần Văn Minh(チャン・ヴァン・ミン)」、妻が「Nguyễn Thị Lan(グエン・ティ・ラン)」だとしたら、結婚しても二人の苗字はそのまま。ラン(Lan)さんは一生「Nguyễn Thị Lan」のままです。

子どもはどちらの苗字を受け継ぐ?

基本は父方の苗字です。上の例でいえば、子どもはチャン家の苗字を継いで「Trần Minh An(チャン・ミン・アン)」のようになります。ただし現代では柔軟性も増していて、以下のようなケースもあります。

  • 母方の苗字を継ぐ:母方の苗字が珍しく、絶やしたくない場合など
  • 両方の苗字を併記:たとえば「Nguyễn Trần Minh Anh」のように父・母両方の苗字を入れる

「家」という単位で苗字を揃える日本とは、感覚がかなり違います。ベトナムでは苗字は個人のものという意識が強く、「結婚したからといって、自分の苗字を相手に合わせる必要はない」という考え方が自然に根付いています。

日本人から見ると不思議な風景

ベトナムに住むと、「家族なのに苗字が全員バラバラ」という光景に出会います。お父さんはチャン、お母さんはグエン、子どもはチャン――書類上は3つの苗字が混在する家族。日本的な感覚だと「これって本当に家族?」と一瞬戸惑いますが、ベトナムでは何の違和感もない日常の風景です。

家族であることは、苗字ではなく「関係性」と「呼び方」で決まる。お父さん(Bố)、お母さん(Mẹ)、お兄さん(Anh)、お姉さん(Chị)――これらの呼称が、ベトナムにおける家族の輪郭をつくっています。

このあたりの感覚は、ベトナム人の彼女との恋愛がうまくいく「安心のルール」 の記事でも触れているので、ベトナム人の家族観に興味がある方はあわせてどうぞ。


ベトナムの苗字と漢字の関係|意味はあるのに本人も書けない

ベトナム人の名前の多くは、もともと**漢字に由来する「漢越語(Hán Việt)」**です。Nguyễnなら「阮」、Minhなら「明」、Hoaなら「花」――それぞれちゃんと漢字があります。

でも、面白いことに――今のベトナム人のほとんどは、自分の名前の漢字を書けません

チュノム(𡨸喃)からクオックグー(国語)へ

ベトナムはかつて漢字文化圏で、漢字やそれを改造した「チュノム」という文字を使っていました。でも17世紀にポルトガル人宣教師がラテン文字ベースの表記を考案し、20世紀にはフランス統治下で正式に普及。1945年の独立後、ベトナムはクオックグー(Quốc ngữ)と呼ばれるラテン文字表記を正式な文字システムとして採用しました。

これによって何が起きたかというと、ベトナム人は漢字を日常で使わなくなったのです。学校でも習いません。だから今のベトナム人に「あなたの名前、漢字でどう書くの?」と聞くと、だいたいこんな反応が返ってきます。

「えっと……わかんない(笑)」

意味は知っている。「Minhは”明るい”って意味だよ」と教えてくれる。でも、その漢字を書けと言われると書けない。名前の「音」と「意味」は受け継がれているのに、「字の形」だけは世代を超えて失われてしまった。私はこれを知ったとき、少し不思議な気持ちになりました。

日本人にとってだけ特別な視点

逆にいうと、日本人はベトナム人の名前を漢字で書ける唯一に近い外国人です。ハノイでベトナム人の友達に「あなたの名前、漢字で書くとこうだよ」と教えてあげると、すごく喜ばれます。「自分の名前にこんな形があったんだ」と、初めて知るような顔をする人も多い。

昔のベトナムと今のベトナムが、私たち日本人を通じて少しだけつながる瞬間がある――これはベトナムで暮らしていて、ときどき感じる小さな幸福の一つです。


ベトナム人の苗字と名前を呼ぶときの注意点|日本人がやりがちな失敗

最後に、実際にベトナム人と会うときに気をつけたいポイントをまとめておきます。

1. 苗字で呼ばない 「Nguyễnさん」は避けて、下の名前で呼ぶ。これが一番重要です。

2. テンデムまで含めて呼ばない 「Văn Anさん」のようにテンデムと名をセットで呼ぶのも不自然です。呼ぶのは一番最後の音節のみ。

3. 名前の発音は「ニュアンス」より「声調」を意識する ベトナム語は声調言語なので、Thảo(タオ)とThao(タオ)では別の意味になります。最初は完璧に発音できなくて当たり前。気にせず呼んでみて、本人に笑って直してもらうくらいでちょうどいいです。

4. 書類では苗字・テンデム・名をきちんと分ける 航空券やビザ書類では、苗字(Family Name)とそれ以外(Given Name / Middle Name)を正確に分けて記入する必要があります。「Văn An」をセットで入力するミスはよくあるので要注意。ベトナム渡航に関する書類の話は ベトナムのビザ完全ガイド もあわせてどうぞ。

5. 年齢・関係性で呼び方が変わる ベトナム語には、相手との関係で使い分ける豊富な人称があります。年上の男性なら「Anh(アイン)+名前」、年上の女性なら「Chị(チ)+名前」、同世代なら「Bạn(バン)」、先生なら「Thầy/Cô+名前」。最初はややこしく感じますが、この感覚を掴むと一気にベトナム語が生き生きしてきます。基本的な挨拶やフレーズは ベトナム語フレーズ32選 にまとめています。


よくある質問(FAQ)

Q. ベトナム人の苗字は何種類くらいあるの? A. 約200〜250種類と言われています。日本の姓(10万以上)と比べると圧倒的に少なく、上位14姓だけで人口の約8割を占めます。

Q. なぜグエンさんが4割もいるの? A. 最後の王朝「グエン朝」の影響、王朝交代時の改姓、王からの姓の下賜、フランス統治下での戸籍登録――この4つが何世紀にもわたって積み重なった結果です。

Q. ベトナムの苗字は何種類くらいあるの? A. 約200〜250種類と言われています(2005年の統計ではもう少し多く、キン族に限ると165種類という数字もあります)。日本の苗字(10万以上)と比べると桁違いに少なく、上位14姓だけで人口の約8割を占めます。

Q. ベトナムの苗字ランキング、1位から何位まで覚えればいい? A. 上位3つ(グエン、チャン、レ)を覚えておけば、出会うベトナム人の約6割はカバーできます。さらに上位10姓まで覚えれば約8割。実務で使う意味でも、14姓くらいまで知っていれば十分です。

Q. なぜグエンさんが4割もいるの? A. 最後の王朝「グエン朝」の影響、王朝交代時の強制改姓、王からの苗字下賜、フランス統治下での戸籍登録――この4つが何世紀にもわたって積み重なった結果です。

Q. グエンさんは世界で何番目に多い苗字? A. グエンは世界で4番目に多い苗字と言われています(1位リー、2位チャン、3位ワンに続く4位)。

Q. ベトナムの苗字と名前はどっちが先? A. 日本と同じで苗字が先・名が後。ただし間に「テンデム(ミドルネーム)」が入るので、通常は苗字+テンデム+名の3語構成になります。

Q. ベトナム人を呼ぶときは苗字と名前どっち? A. 必ず下の名前(最後の音節)で呼びます。苗字で呼ぶと、ベトナム人本人は自分のことだと気づかないことすらあります。これは同じ苗字の人が多すぎて、苗字で個人を識別する意味がほとんどないからです。

Q. ベトナム人は結婚したら苗字を変える? A. 変えません。ベトナムは夫婦別姓が標準で、女性も結婚後ずっと自分の苗字を名乗り続けます。子どもは基本的に父方の苗字を継ぎますが、母方を継ぐケースや、両方を併記するケースもあります。

Q. ベトナムの苗字は漢字で書ける? A. ほとんどの苗字は漢字由来(漢越語)なので、対応する漢字はあります。グエンは「阮」、チャンは「陳」、レは「黎」。ただし現代のベトナム人自身は漢字を学ばないため、自分の苗字の漢字を書けない人が大多数です。

Q. ベトナムの名前にミドルネームはあるの? A. 「テンデム(Tên đệm)」と呼ばれる中間のパーツがあります。西洋のミドルネームとは起源も役割も違いますが、構造的には似た位置にあります。伝統的には性別を示すためにも使われてきました(男性=Văn、女性=Thị)。

Q. ベトナムの名前は4語もあるって本当? A. あります。3語が最も一般的ですが、4語・5語・6語の名前も存在します。兄弟で通し字を入れたい、両親両方の苗字を残したい、などの理由でつけられます。

Q. 飛行機のチケットで名前を間違えたら? A. 軽微な誤字は修正できる場合もありますが、姓名の構造を取り違えた場合(テンデムを名として入力したなど)は航空会社によって対応が変わります。予約前に必ずパスポート表記と照合してください。


おわりに

ベトナムの苗字は、ただの記号ではなく、歴史と家族の願いと社会のリアルが全部詰まった文化の入口です。

グエンが4割いる理由を知ると、ベトナムの1000年の歴史が少しだけ肌身に近づいてきます。下の名前で呼び合う習慣を知ると、苗字より個人を大切にするベトナムの感覚が見えてきます。そして、結婚しても苗字を変えない人々の姿は、「家族とは何か」という問いを少し違う角度から照らしてくれます。

ベトナムに来る機会があったら、ぜひベトナム人の友達や同僚を下の名前で呼んでみてください。それだけで、ぐっと距離が縮まります。相手は小さく微笑んで、きっとこう思ってくれるはずです――「あ、この人はちゃんと私を呼んでくれた」と。

ベトナムでの暮らしや旅行についてもっと知りたい方は、ベトナム旅行完全ガイドハノイ旅行攻略ガイド もあわせてどうぞ。

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ライター

日本での生活経験あり。リンランを生活圏に、文化背景の翻訳と取材サポートを担当。

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