年に2度、ベトナムが花であふれる「女性の日」

2025.11.06
文化・歴史

もしあなたが3月8日、あるいは10月20日にベトナムの街角に立ったら、ある不思議な光景に目を奪われるに違いない。

オフィス街のスーツ姿の男性も、バイクで駆け抜ける若者も、誰も彼もが花束を抱えている。カフェでは花を手渡す姿、レストランでは少し照れくさそうな笑顔があふれる。まるで街全体が誰かへの感謝を祝福しているようだ。

そう、ベトナムには「女性に感謝を伝える日」が年に二度ある。

世界共通の記念日である「国際女性デー」と、ベトナム独自の「ベトナム女性の日」。
なぜ、これほどまでに盛大に女性を祝う文化が根づいているのか。その背景には、私たち日本人がまだ十分に知らないベトナムの歴史と社会がある。


 

年に二度訪れる、祝福の日

ベトナムの男性がカレンダーで(おそらく冷や汗と共に)チェックする記念日は2つある。

  • 3月8日:国際女性デー (Ngày Quốc tế Phụ nữ)
    世界共通の記念日だが、ベトナムでの熱量は格別。日本ではまだ馴染みが薄いが、ベトナムでは非常に大切にされている。「女性に感謝する日」として、後述の10月20日とほぼ同等に盛り上がる。
  • 10月20日:ベトナム女性の日 (Ngày Phụ nữ Việt Nam)
    ベトナム独自の記念日。この日が制定されたのは、1930年。国の独立と発展のために戦った「ベトナム反帝婦人会」が設立された日であり、その意味は非常に重い。

なぜ、それほどまでに重要なのか?

この熱狂の背景には、単なる「レディーファースト」以上の理由が存在する。それは、ベトナム女性の「強さ」に対する、国民的なリスペクトだ。

【理由1:歴史への敬意】

ベトナムの長く苦しい戦争の歴史において、女性は「守られる」だけの存在ではなかった。時には兵士として前線に立ち、多くは銃後で経済と家族を死守した。国の危機を支え、共に戦い抜いた女性たちへの深い敬意が、この文化の根底には流れている。

【理由2:現代社会への感謝】

そして、その「強さ」は現代にも通じている。

ベトナムは共働きが当たり前の社会。多くの女性がフルタイムで働きながら、同時に家事、育児、親戚付き合いといった家庭の役割もパワフルにこなしている。「仕事」と「家庭」という二重の役割を担う妻、母、同僚へ。その多大な貢献に対する「いつも本当にありがとう」という感謝が、年に二度、街じゅうの花となって咲き誇るのだ。


日本とは「ほぼ真逆」のプレゼント文化

「男性から女性へプレゼント」と聞くと、日本のバレンタインデーを逆にした「ホワイトデー」を想像するかもしれない。だが、その常識もここでは通用しない。

比較項目 ベトナムの女性の日 日本のバレンタインデー
贈る方向 男性 → 女性 女性 → 男性
贈る相手 身近な女性全員

(母、妻、恋人、同僚、友人)

恋愛対象が中心

(本命、義理、友)

意味合い 感謝、敬意、尊敬 恋愛、告白

「女性の日」の最大のポイントは、恋愛感情の有無にかかわらず、身近な女性すべてに感謝を伝える点にある。

ちなみに、ベトナムにも2月14日のバレンタインデーは存在するが、それも「男性から女性へ」プレゼントを贈るのが主流なのだ。ベトナムには「ホワイトデー」も「男性の日」も(ほぼ)存在しない。記念日のプレゼント文化は、圧倒的に男性から女性へ、なのである。


失敗しないための、スマートな贈り物ガイド

これほど重要な日となれば、贈り物の選び方にも流儀がある。特に相手との関係性を見誤ると、思わぬ誤解を招きかねない。

Case 1:恋人・妻・母親へ

ここは愛情と感謝を込めて、「豪華な花束 + α」が王道だ。

  • 花束:情熱を伝える「赤いバラの花束」が鉄板。
  • +α:口紅や化粧品、アクセサリー、ロマンチックなディナー。あるいは「今日一日は僕が家事をするよ」という優しさも、最高のプレゼントとして受け取られる。

Case 2:職場の同僚・友人へ

恋愛と混同されない、スマートな敬意が試される場面。

  • 一輪のバラ:最もポピュラーで気が利いている方法。「忘れていませんよ」という敬意の印として、職場で男性陣がお金を出し合い、女性全員に配る光景も珍しくない。
  • 小さなお菓子やケーキ
  • カフェやドリンクをご馳走する

「Happy Women’s Day!」の一言とカフェ一杯。それだけで、日頃の感謝は十分に伝わるのだ。


知らなかったでは済まされない、花贈りの「タブー」

「感謝の気持ちさえあれば、花は何でもいい」

そう考えるのは、最も危険な間違いだ。ベトナムにも、日本と同じように贈ってはいけない「タブー」が存在する。

絶対に避けるべきは「菊 (Hoa Cúc)」だ。

日本で「仏花」のイメージが強いように、ベトナムでも菊(特に黄色い菊)はお葬式で使われる花として強く認識されている。良かれと思って菊の花束を贈れば、相手を困惑させるどころか、深く傷つけてしまうことにもなりかねない。

失敗しない花の選び方

  • 「バラ (Hoa Hồng)」: 迷ったら薔薇。恋人には赤、友人や同僚にはピンクやカラフルなものが間違いない。
  • 「蓮 (Hoa Sen)」もOK: ベトナムの国花であり、「清らかさ」「尊敬」の象徴。目上の方にも良いだろう。
  • 「白一色」の花束は避ける: 白いバラやユリだけで構成された花束も、お悔やみを連想させることがある。白を使うなら、必ず赤やピンクと混ぜて華やかに仕上げるのがベトナム流だ。

旅の終わりに

ベトナムの「女性の日」は、単なる商業イベントではなかった。

それは、国の歴史をその身で支えてきた女性たちの「強さ」への敬意と、現代社会をたくましく生きる女性たちへの「感謝」が凝縮された、ベトナム社会にとって不可欠な文化そのものだった。

もし、3月8日か10月20日にベトナムを訪れる機会に恵まれたなら。

少し照れくさそうに、けれど誇らしげに花を抱える男性たちの姿と、満面の笑みでそれを受け取る女性たちの姿を、ぜひ探してみてほしい。

その温かな光景こそが、この国の優しさの象徴なのかもしれない。

最後に、もしあなたの彼女や奥さんがベトナム女性だった場合、この日をスルーしたら地獄が待っているのでくれぐれも気をつけて。

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エンジニア

幼少期をアメリカで過ごし、現在は世界を転々としながらコードを書くノマドエンジニア。

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