一品一品に込められた意味と、日本のおせちとの共通点
テトの過ごし方全般についてはベトナムのテト(旧正月)で解説しています。
ベトナムの旧正月(テト)について、日本の方からよく聞かれる質問のひとつが、「テトではどんな料理を食べるのですか?」 というものです。
答えは簡単なようで、実はとても奥が深い。なぜなら、ベトナムのテト料理は「食べるため」だけに存在しているわけではなく、一皿一皿が新年への願いを背負っているからです。
日本のお正月料理・おせちが、意味を大切にしながら美しく整えられているように、ベトナムのテトの食卓にも、長い時間をかけて受け継がれてきた”物語”がある。
テト前のキッチン──家族で囲む準備の時間
テトが始まる数日前から、家のキッチンは一気に忙しくなる。
市場はいつも以上ににぎやかになり、人々はもち米、豚肉、卵、野菜など、テト料理のための食材を買いに行く。大晦日が近づくにつれて、市場の熱気は日に日に増していく。
料理の準備は一人でやるものではない。葉を洗う人、肉に味付けをする人、餅を包む人、火を見守る人。それぞれが役割を持ち、キッチンは普段よりもずっとにぎやかになる。
テトを思い出すとき、私が思い浮かべるのは料理そのものではない。家族みんなで準備をするその時間──忙しいけれど温かいあの空気こそが、テトの記憶だ。
ベトナムのテト料理は「感情」で作られる
日本のおせちは、量よりも意味を重視し、一品一品がとても丁寧に作られ、重箱に美しく並べられている。黒豆は健康、数の子は子孫繁栄、伊達巻は学問成就。「考え抜かれたお正月料理」だ。
一方、ベトナムのテト料理は、もっと感情に近いところにある。量は多く、味も濃く、見た目も賑やか。それは贅沢を誇示するためではなく、「一年を不足なく過ごしたい」という素朴で切実な願いの表れだ。
形は違っても、新しい一年を大切に迎えたいという気持ちは同じ。
バインチュン・バインテット(テトの餅)

ベトナム北部ではバインチュン、南部・中部ではバインテットがテトの象徴。バインチュンは四角い形で大地を表し、バインテットは長い形で幸福が続くことを意味する。
家族で一緒に作る時間が大切で、葉を洗い、もち米を準備し、肉を味付けし、夜通し火を見守る。この「準備の時間」こそがベトナムのテトそのものだ。
一度に何十個も包むのが普通で、茹で上がった後は数日間そのまま食べられる。後日フライパンで焼いて食べるのもまた美味しい。
ベトナムの米文化について詳しくはベトナム米の奥深い世界で。
豚肉と卵の煮込み(ティットコーチュン)

南部で欠かせないのが、豚肉と卵を甘辛く煮込んだ料理。丸い卵と柔らかい肉は、円満・充実・家庭の安定を象徴する。
大鍋で作り、何日も食べ続けることで、「食べ物に困らない一年」を願う。
苦瓜スープ(カンホークアノイティット)

「お正月に苦い料理?」と驚かれることも多いが、ベトナム語で苦瓜(khổ qua)は「苦しみが過ぎる」という意味を持つ。
新年にこのスープを食べることで、去年の苦労を手放し、新しい一年を迎える。
ハム(ゾールア)・揚げ春巻き(ネムラン)

どの家庭のテトの食卓にも並ぶ定番。丸く切られたハムは人間関係の円満を象徴する。切り分けやすく、客人にも振る舞いやすい。
揚げ春巻きもテト前に大量に作って冷凍保存し、食べたいときに揚げる。去年のテトでは、家族みんなで集まって100本以上の春巻きを包んだ。揚げたてを一皿出すたびに、ご飯やブンと一緒にみんなで食べる時間が楽しかった。
揚げ春巻きの詳しい解説はベトナムの揚げ春巻き(ネムラン)で。
漬物(ズア・ハイン)

肉料理が多いテトの食卓には、必ず漬物が添えられる。味の調整だけでなく、陰陽のバランスを取るという東洋的な考え方に基づいている。
北部ではズアハイン(玉ねぎの漬物)が定番。南部では甘酢漬けの大根や人参が多い。
五果盛り(マム・グー・クア)

食卓と並んで欠かせないのが、五種類の果物を供える五果盛り。健康・平安・繁栄などの願いを表す。
地域によって果物の種類は異なるが、共通しているのは意味を大切にする姿勢。おせちが一品ずつ意味を説明できる料理だとすれば、五果盛りは「見れば伝わる」祈りだ。
北部と南部で違うテトの味
テト料理には全国共通のものが多いが、地域によって面白い違いもある。
北部の食卓にはバインチュンとズアハイン、さらに肉の煮こごり(ティットドン)が並ぶ。寒い季節に自然とゼリーのように固まる透明感のある料理で、テト前に大鍋で作っておく。
南部ではバインテットとティットコーチュン(豚肉と卵の煮込み)が中心。味付けもやや甘みが強い。
こうした小さな違いが、地域ごとに少しずつ異なる「テトの味」を生み出している。
何日も続くテト料理──食卓が人を集める
ベトナムのテト料理は、一日で食べきるものではない。
バインチュンも煮込みもゾールアも、大量に作って何日もかけて食べる。テトの間は家族だけでなく、訪ねてくる親戚や友人も一緒に食卓を囲む。
多くの家庭では、料理をまず祖先の祭壇に供えてから家族で食べる。先祖への感謝と、新しい一年の平安を願うベトナムの習慣だ。
食卓に並ぶ料理の量に驚く外国人は多いが、あの豊かさは「訪ねてくる人と分け合う」ことが前提だからこそ。テトの食卓は、人を集めるための装置でもある。
よくある質問(FAQ)
テト料理で一番有名なのは?
バインチュン(北部)またはバインテット(南部)。もち米・豚肉・緑豆を葉で包んで茹でた餅で、テトの象徴。家族で一緒に包むのが伝統。
テトの時期にベトナムを旅行したら、テト料理は食べられる?
レストランの多くはテト期間中に閉まるが、ホテルや一部の観光地向けレストランではテト料理を提供していることがある。もしベトナム人の友人や知人がいれば、家庭に招かれるのが一番の体験。
テト料理は日本のおせちと似ている?
「一品一品に意味がある」「新年の願いが込められている」という点は共通。ただし、おせちが理性的に整えられた料理なら、テト料理はもっと感情的で量も多い。家族の温かさがそのまま食卓に出ている感じ。
食べることで、思い出す
テトの料理を思い出すとき、最初に浮かぶのは味ではない。家族がキッチンに集まり、バインチュンを煮る鍋が一晩中ぐつぐつと音を立てている光景だ。
日本で暮らしていた頃、テトに帰れないときはベトナム料理店でバインチュンを買った。あの四角い形で、緑の葉に包まれたバインチュンを見るだけで、少しだけテトが近くに感じられる。ある年には自分でゾールアを作ってみたこともある。完璧ではなかったが、慣れ親しんだ料理がテーブルに並ぶだけで、テトの空気がぐっと近づいた。
テトの料理は、ただの食べ物ではない。家族の記憶であり、キッチンの風景であり、忙しくも楽しい年末の時間そのものだ。
だからベトナムでも日本でも、新年にバインチュンを一口食べるとき、人はただ料理を食べているのではない。「家」と呼べる場所を思い出しているのだと思う。